『霧になる』

 深い白色が視界を包む。ひんやりとした感触以外、何も判らない。
 何かに操られるように、僕は濃霧の内を進む。
 声が、聞こえるのだ。こっちへおいで、と。
 先日、村の老婆が一人、姿を消したという噂があった。
 幼い子がいなくなった、と聞いたのは、もう少し前だったろうか。

 声が呼ぶ。周囲はひたすらに白く、何も見えない。
 声は、子供のようにも、老婆のようにも聞こえた。
 ぞわり、と、背筋が冷えた。霧が衣服に入り込んだようだ、と、不意に脳裏に浮かんだ。
 襟を併せようとして、手の在処が曖昧だと思う。
 息を吸うと、霧が入り込む。内側にも、霧が立ちこめる。
 内と外、少しずつ、霧が境目が浸食し合う。

  僕は、霧になる。
   あの子も、あの老婆も。

 

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テーマ:霧/2018.11.03.

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