『あの橋の向こうは…』

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 きっと、楽園だ。
 泥の水を啜るような世界じゃ無い、様々な果実酒の池がある。
 湿った小枝で必死に微かな火をくすぶらせる必要なんか無い、尽きることの無い灯火台がある。
 土も、もっと肥えているだろう。もしかしたら、パンや果物がなっている木があるかもしれない。

 ボロボロの橋の手前で、僕はうずくまる。
 そこまで長い距離ではない。
 けれど、僕にはその橋を渡る勇気が無かった。
 僕はうずくまる。
 楽園を夢見つつ、砂利混じりの土を食む。
 距離はさして無いけれど、ボロボロさ加減に落ちるのが怖いから。

 渉ってしまえば、楽園なのに。

 泥水を啜る。
 もう、立つ気力すら無い。

 やがて、村の端の崖縁で、少年が息絶えているのが見つかった。

 

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テーマ:橋/2020.07.04.

『金の鍵、銀の鍵、銅の鍵』

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  金の鍵は王様の。
  銀の鍵は姫様の。
  銅の鍵は親方の。
   さぁ、どれを選ぶ?

 銀の鍵をもらった女中の娘。
 銀の鍵を、姫様に持って行く。
「無くした衣装箱の鍵よ、ありがとう」
 姫様は喜んで、宝石箱からきらきらとした髪飾りを取り出して、髪に飾ってくれた。
 そして娘は、姫様の女官になった。

 銅の鍵をもらった街の男。
 銅の鍵を親方の部屋の鍵付き箱に刺してみた。
 くるりとまわって箱が開く。
 中には帳簿とお金がたんまり。
 振り向くと、親方が鬼の形相で立っていた。
 そいつを大臣様に渡してるから、うちは他所よりたくさん仕事を貰えてるんだ。
 親方は男をぶん殴り、いくらかのお金を渡し、裏帳簿の口止めをする。

   さぁ、お前は金の鍵を、持って行くかい?

 

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テーマ:鍵/2020.06.06.

『想い出の鞄』

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 初めて、おじいちゃんの遺した旧いスーツケースを開ける。ちょっとだけ、札束とか売れそうな骨董品とか、現金な物を期待したのは内緒。
 入っていたのは、町だった。
 真ん中は、おじいちゃんの家。
 今は建て替えられている、木造の家の屋根が並ぶ。
 遊びに行くたびに通った駄菓子屋さんもある。
 ああ、あっちは公園だ。
 おじいちゃんの家からどのみちを通って、どう遊びに行ったのか、ビックリするくらいにしっかりと思い出せる。

 あの家のおばさんは、今、どうしているんだろう。
 あそこで遊んだ名前も知らなかった子は、どんな道を歩いているだろう。

 鞄を取り上げて、立ち上がる。
 今のあの町を、見に行こう。
 今のあの町を、別の鞄に収めよう。

 

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テーマ:鞄/2020.04.04.

『余り者の王子様』

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 あの王子様は余り者。
 大事な役目も、大きな特技も、綺麗な姿もない。
 王子様はお城でひっそりと、ご飯さえも兄弟の余り物を選んで食べて育った。
 王様は言う。跡継ぎどころか任せられる領地もない。
 大臣は言う。他所の国に似た年の姫様はいない。
 兄弟は言う。いいじゃないか、のんびりと暮らしていたって。

 王子様は余り物の草木を使って絵を描くのが好きだった。
 絵だって部屋に余ってしまうけど。

 ふらりと立ち寄った妖精が、余り者の王子様の絵を見た。
 とても気に入って、王子様の周りに、もっと綺麗な色の出る草木を増やした。
 妖精は王子様のいる国は栄えさせた。

 余り者の王子様は、のんびりと絵を描き続けて一生を過ごした。

 

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テーマ:余り/2020.03.07.

『絹の衣』

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「あの衣はどこへ消えた」
 王妃が問うは、十四になる姫が産まれた時に贈られた衣。
 あのときの王妃は、風邪をめした王女への魔女の呪いを恐れて、処分を命じた。
 だから侍女は、あのときに困窮していた妹に産まれた子に、裸よりは、と、あの衣を渡した。
 絹はその子に大切に使われ、やがて衣服に仕立て直され、くたびれた今も彼女の衣服の一部に使われ、元気に働いている。

 王女は、あの衣を纏わずとも病弱だ。むしろ、あの衣を纏ったおりの風邪が一番軽くすんだように思える。
 侍女は妹に告げた。姪は愛用の服の絹の部分を二つに分けて、片方を袋にして伯母に渡し、これでお許し下さい、と告げた。
 その袋を身につけるようになった王女は、以来、病の床につくことがなくなったという。

 

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テーマ:包む/2020.02.01.