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『蝉幻想』

 どこからか、季節外れ、場所違いの蝉の声が聞こえた。
 随分昔から都市化が進み、子供の頃には泣き声で数種の区別が出来た蝉の声は、ここ最近、ほとんど聞かない。喧噪に紛れて聞こえないのかも知れず、蝉自体の種類も数も自分たちにはほとんど聞こえないほど減っているのかも知れない。
 とにかく、子供の頃の記憶をつつけば、その声は、時季外れの種類の蝉のものだった。
 童話作家を志す友人が、「それは異世界の蝉の声じゃぁないかなぁ」なんて、冗談っぽく言った。こいつは時折、物語と現実の区別をつけずに物事を言うのか、それを装ってからかっているのか、よく判らなくなる。
陽射しが暑く、少し休憩、と、飲み物を買って、都会化主義にとってつけたような森林公園に入る。
 あちこちから集めたらしき木立の真ん中に、オブジェと椅子を兼ねたような椅子。そして、人口の池が配置されている。お約束のようにゆらゆらと漂う鯉の色がちらちら見える。
ここでは、すこしばかりの蝉の声が聞こえた。この季節のもので、たしか、子供時代に一番たくさん捕まえた――つまり、数が多く頑丈な種類だ。
さきほど聞こえたものでは無い。
 人工的ではあっても、それなりの木々に囲まれ、水の流れる音を聞きながら、ふと、暑さにバテたのだろうか、と思った。さきほど、聞こえた、と思った蝉の声は、本当に蝉だったろうか。
 十歳になるかならないかの頃、近所の公園から教材モノのサンプルまで、さまざまな蝉の声を聞き、数人で種類当て競争をしたことを思い出す。そのなかに、あんな声は、あったろうか。

 すこし、ぼんやりとしていた。
 ふと、つい先ほどの、その奇妙な蝉の声が聞こえた。
 その方向を探そうとすると、ふと、空気に違和感を感じた。
 そして、周囲の景色が一転していた。
 座っているオブジェは変わらない。
 景色から、ビルの群れや車の音、都市特有の音は消え、風のそよぎと、その蝉らしき声が妙に静かな雰囲気で流れている。
 目の前の、人工池だった場所には、ごく自然な湖がキラキラと輝いて波打っている。
 大自然、というのは、こういうのだろうか。
 自分の座っているオブジェと自分自身の存在だけが、むしろそぐわないように思えた。
 ふわり、と、目の前に何かが過ぎった。
 反射的にその姿を追う。
 蝉だ。そう思った。ただし、見たことは無い、図鑑ですら。キラキラと輝いているようにさえ見えた。
 思わず立ち上がり、蝉の後を追うように動くと、湖のほとりに居た。
 蝉が湖に飛び込んだ、ような、気がした。ありえない、とは、何故か思わなかった。
 自然、湖をのぞき込むことになる。
 そこには、さっきまで居たはずの公園が映し出されていた。

 次の瞬間、公園の、人口池のほとりに立っていた。
 あの不思議な蝉の声が、一瞬だけ聞こえて、消えた。

「それ、ネタに使っていい?」
 あの奇妙な体験を、本気とも戯れ言ともつかない調子で童話作家志望の友人に話すと、喜々として訊ねられた。
「好きにしてくれ」
 そう、投げやりに応えた。

 耳の奥に、あの不思議な蝉の声はのこっている。

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小説妖精ノベルちゃん 三題

2017/08/18 テーマ:蝉、童話、湖