『行商人』

どうか、と、女はいつものように言う。今度の旅こそ、きちんと休む間を惜しまずに、無茶をせず、行って、帰ってきておくれ、と。
いつものように、男は応える。さっさと行って帰って、またここで、ゆっくりと休ませてもらうさ、と。
幾十度となく繰り返した挨拶。
男はいつものとおりに、荷馬車の手綱をとって発った。たっぷり儲けて、さっさと帰ってくるぜ、と、軽く手を振る。
いつもの通りね、と、女は苦笑して、男の帰還を疑うことは無かった。
彼の行く先で、崖が崩れた、と風の噂に聞いた。女は、行きがけの道が閉ざされては、少しだけ遅くなるな、と思いながら聞いた。
休むことを惜しんだ男の帰りを、そうして、老婆になっても待ち続けた。

 

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テーマ::休/2017.08.05.

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