『あちら側』

『あちら側』

深い森の中。白と緑の中にぽっかりと平らに窪んだ湖面。
女は一人、その氷上に立つ。
足下に逆さの人影が見えた。
「あなたは誰?」
問う声に応えている風情が見えるも、何も聞こえない。
助けを求めるように手を伸ばされた気がして、応えようと手を伸ばす。けれども、氷がそれを拒む。
表面に触れれば、冷たい氷板の向こうから、あちらも同じく手を伸ばす。
しばし、互いに手を合わせる。
小さく、音がした。
二つの手が触れて、互いに互いを吸い込むように合わさった。

    ――ああ、貴女は、かつて切り離した、もう一人の私か――

ひどく心地よい浮遊感に囚われる。

森の魔女が独り、ようよう溶けた湖に寂しげに浮かんでいるのを、春になって樵が見つけた。

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テーマ:氷/2017.02.04.

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